雑感/韓国ドラマ・サラン 2005/01 先日、チャン・ドンゴン、チェ・ジウ主演の「LOVE− サラン」のVOL.2 のDVDを買った。 このドラマはつい最近間までTBSで放映されていたが、如何せん放送時間が深夜であったこともあり、取りあえずどんな作品か知りたくて第1話だけ観たが、あまり興味を示すような内容ではなかったので、結局2話以降視聴しなかった。また、ビデオ録画することもなかった。 そんなある日インターネットで本作のDVDの案内を眺めていたら、VOL.2でチェ・ジウやソン・ユナが出演しているではないか。二人がどんな演技をしているのかすごく興味があったので購入の対象候補になったのだが、それでも買う直前まで、4万円近くするペ・ヨンジュン、キム・ヘス、ユン・ソナ主演の「愛の群像」にしようか迷った。結局、考えた末に値段が1万円一寸とソン・ユナが出ている作品を是非観たいとの思いから、「LOVE− サラン」を買ったのだ。そんなことなので、前半のVOL. 1 は二人がドラマに係わっていなかったので必然的に買う必要は全然なかった。 VOL. 2 は8話あり、一気に観てしまった。観た感想としては、悪い作品ではないと思うのだが、視聴率は恐らくあまり高くならないと思っていたが、案の定韓国でも視聴率はそんなに高くなかったようだ。それに私の好きなソン・ユナの出番が少なく、一寸がっかりした。でもこのドラマで彼女の存在感はやはり大きく、あれだけ出番が少なくともストーリーの流れの中で、彼女は主役のチャン・ドンゴンに絡む重要な役どころであったことが、せめてもの救いである。 それにしてもソン・ユナという女優は本当に凄いと思う。なぜなら本作でも私のような熱狂的なファンでない限り、ホテリアーに出ていたソ・ジニョン役のソン・ユナとは思えないほど、容姿や雰囲気、そして声も違うのだ。この当時彼女は24〜25歳ごろの年齢であったはずなのに、メイクでもう少し年齢が上の設定にしたのか、或いは実に慎ましやかな女性を演じているせいか、日本に比べ厚化粧でありながら主役級のチェ・ジウやキム・ジスなどに比べ化粧は非常に地味な印象である。それにも係わらず、その存在感は出色なのだ。 このドラマのソン・ユナの扱いについて、冒頭でも述べたとおり疑問を感ずる。こんな重要な役柄にも係わらず準共演の位置付けにあることと、そしてゲスト出演のように本当に出番が少ないのだ。出番が多ければもっとあのドラマは盛り上がったと思う。特にジョン(チェ・ジウ)とヒス(ソン・ユナ)の二人がイナとのライバル関係をもっと示せば、視聴者は恋の行方にもっと関心を持っていったのではと思うのは私ばかりではないと思うのだが・・・。 出番の少ない中で、印象に残る演技派ソン・ユナが登場してくる場面を紹介したいと思う。 その前にまず彼女の役柄は、今時の女性にはない清楚で静かな薄幸の美人女性を演じている。しかも男ならそのような女性を見れば支えてやりたいと思わせるような優しい女性なので、ライバルのチェ・ジウが演ずるジョンの情熱的な行動とは全く違う対極にあるような女性ヒスを演じ、確かにドラマの中でも一見すると華やかでない存在である。 12話でヒスの弟サンヒョクは事件を起こし、姉を託された主役のチャン・ドンゴン扮するイナはヒスを訪ね事件のあらましを気使いながら尋ねるシーンで、彼女の眼は憂いに満ちた涙眼になっているのだが、決して涙は流さず、気丈に振舞っているのだ。その表情をみると大抵の場合、男性諸氏はこのような表情や雰囲気を与える女性には弱いものである。密かにイナに対し好意以上の思いを持っているヒスはイナを思いやり重荷を背負わすことにならないように一生懸命耐えようとするのだ。この時の表情がたまらなくいい。 次の13話では、弟サンヒョクの死で病院を訪れ、死体の面通しに一人では立って歩けず、イナに支えられていくシーンは、悲しくなるほど本当に上手い。いよいよ面通しで死体にかけられた白い布を解かれたとき、一瞬曇った顔をしながら、弟ではないと自分で言い聞かせるかのような安堵の表情をして、その後の彼女が発する言葉や動作に、チャン・ドンゴンは彼女を抱きかかえ、頼りがいのある演技をするのだが、この時のソン・ユナの狼狽した演技は切なくなるほど上手い。また、空ろな眼差しの表情と涙、それに嗚咽を押さえた演技に、さすがに私も涙がじわぁーと出てくるのだ。 14話で、ヒスがイナにプロポーズをされるシーンでの、押さえた演技で戸惑いと慌てふためく表情や、イナが帰った後一人になり手に握り締めていたイナからプレゼントされたネックレスをゆっくり開き眺めたあと、歓びに浸るシーンでの声を出すことなく大粒の涙を流すアップした歓喜の表情は、たまらなく愛おしい。また、ここで流れる音楽がその演技をさらに増幅させるので目頭があつくなる。こんな歓びの顔をされたら男は弱いよなぁー。 最も気に入ったシーンは、15話の一人で故郷に戻り、牧場に勤めているところにイナが訪ね、翌日、バス停で見送るさいの表情は目立たないのだが、淡々として意地らしいほどの微妙な顔の表情をするのである。本当は好きで堪らないのに、自分を忍殺して、相手の重荷にならないように言葉少なげに語るのだ。この時の風景とサウンド・トラックはこのドラマで最高の音楽と場面と思っている。恐らく音楽を担当した人は、この時のヒスの切ない表情或いはソン・ユナの演技力の素晴らしさに、最高のアレンジを施した音楽を捧げたのではないのかと思わせるほどいい。ただ、この曲はお気づきの方もあると思うのだが、イナとヒスが一緒にいる場面では一箇所を除き必ず流れており、それ以外の場面には使われていなかったことをご存知だろうか。また、この場面でのヒスの履物を含めたカジュアルな服装もセンスよく、本当に可愛い女性に見えるのだ。チャン・ドンゴンもこの時の演技は実にいい。 16話(最終回)では夢でイナへの思いにうなされるシーンもいい。恋焦がれているヒスの思いが伝わってくるのだ。そして実に愛おしいのである。あの場面をみれば、「イナよ!何している。早くヒスの所へ行ってやれ!」と思わずにはいられないほどやるせないシーンである。 それにしても、ソン・ユナという女優は演技もさることながら本当に声が驚くほど綺麗だ。恐らく彼女は声の音域が相当広いと思う。彼女は役柄によって声のキイを変えている。これは凄いことだ。弟サンヒョクの骨を川に流すシーンでイナ(チャン・ドンゴン)との会話での声や故郷に帰るため、イナに宛てたメッセージの艶やかでとろけるような角がたたない声の綺麗さといったらこの上ないものだ。このドラマで出ている女優陣は一流の人たちだが、ソン・ユナには到底敵わない。 例えば、「ダトゥー(? 私も=何度聞いてもダトゥーに聞こえる)」という言葉は、韓国ドラマでは良く聞ける実に響きの美しい私の好きな言葉なのだが、弟を弔うシーンでも「私も早く行きたい(死にたいといっているのかな?)」と発するとこがある。この言葉一つでも感動してしまう。 因みにソン・ユナが「ホテリアー」の12話でペ・ヨンジュンとの切ない会話のシーンで、「もう後戻りできない」といったときに涙を流しながら「ダトゥー」と言っている。また、19話でヨンジュン扮するドンヒョクから「毎朝ジニョンさんと会いたい」と語るシーンにも、おもおも振りで「ダトゥー」という言葉を使うのだが、喜怒哀楽のニュアンスを絶妙に使い分けできる彼女の演技力の深さに痺れる。 このドラマで気が付いたことがある。イナとこれに絡む二人の女性(チェ・ジウ=ジョンとソン・ユナ=ヒス)との恋がテーマになっているのだが、ヒスと接する時のイナは全編非常に穏やかな表情をしているのだ。一方、ジョンとのシーンでは緊張感があり平穏さが感じられないのだ。この差は一体なんなのか。 確かにこのドラマではイナはヒスに対してヒスの弟の死による同情と遺言によって、彼女を選択するようなイメージが付きまとう。しかし、何時しか求めない愛をヒスから学び取るのだ。一方ジョンは愛を求めるタイプである。しかも大会社トップの令嬢で、韓国社会ではイナのような人物との恋愛は叶わぬ恋である。孤児で後ろ盾のないイナは過去に愛する人を失ったキズが癒えないため好きでも素直にいえず、それゆえ好意を抱きながら全く逆の思いを示して相手を傷つけしまうこともあるし、或いは傷つけあうのかもしれない。 ただ、私ごときつたない恋愛経験からいえば、確かにジョンのような華やかで、知的で、裕福な現代的な女性に多くの男達は憧れるのだ。でもいよいよ結婚を意識するようになると、意識が微妙に変わってくるのだ。大抵の男達は求める女性像が変わるものだ。そして、華やかさから、生活実感のある女性に好意を寄せるものだ。だからジョンのような女性は、大抵の場合ハッピー・エンドにならないのだ。 ヒスは、自分の置かれた境遇に対し、決して社会や他人に責任転嫁することなく、自分の責任として運命を理解しこれに耐える女性だ。一見するとヒスはか弱い女性のように見えるが、決してそうではない。むしろジョンの方が脆いかもしれない。脆いから激しく感情を吐露するのだ。ただ、こういったドラマの視聴者は恐らく、ヒスがか弱くそれゆえにエールを送った方も多かったのではないかと思う。でも実際はヒスの方が強い。ヒスは薄幸のように見えるが内面は強く、知的で、プライドもあり、服装のセンスだって悪くはない女性である。こんな女性は今時いない? 何かヒスのイメージは過去の日本女性のような印象だけどそう思いませんか。これは韓国でも同じなのかなぁ〜。 |
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